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1988.03(音付)

1988.3.12 六本木インクスティック
"新生Around 30s”の記念すべき1st LIVE。バンマスの会社の同僚バンドとのジョイントでした。
場所は今はない六本木インクスティック。当時のバブル景気がピークに向けて走り続けていた頃の六本木の最先端ライブハウスでした。この頃は春にライブやってたんです。
当時の写真が見つかりました。ヴォーカル尾本の奥さんが大事に保管してくれていました。ありがとう!
★LIVE音源をアップロードしました! 20150117★ 追加20150130
■演奏曲の一部をダイジェストでアップロードしました(MP3ファイル)。AROUNDS初ライブの貴重音源です。川居君がビデオをDVDに残してくれていて、そこからのピックアップです。写真の下の演奏曲リストのタイトルをクリックすると流れます。聴いてみて下さい。データ量が2MB~5MBくらいありますので、通信速度や容量に制約がある方はご注意ください。
■追加20150130:カセットテープが見つかりました。頭の4曲加えました。当初アップを断念していた「もう一度」も復活させました。カセットの音質が良く(その頃バンマスが仕事で担当していたAXIAのカセットです。知る人ぞ知るPS-1X)、バックコーラスを川居が中心で歌っていることを発見しました。彼のパートは比較的しっかりしていたので、全体のハモはやばいですが復活しました。「Diary」は初めてのアカペラ挑戦なのですが、いいところもあるけれど、不協和音だらけで聴くに耐えない箇所も多々あり、これはやはり見送りました!
Saving all my love for youはPAのバランスが悪く、多恵ちゃんの声が前半あまり聞こえませんでしたが後半は聞こえるようになったのでアップしました。
■結果としてアップロードできた曲はアップテンポのR&R曲が主体になったのですが、テンポは超特急です。要するに走る走る。タイコもギターもエレピもみんな必死で走る。音楽用語で「食う」という言葉がありますが、1拍をきちんと歌い終える前に次の2拍目の頭を「食う」ように歌うこと、弾くことをさすのですが、食ってもテンポを崩さない(走らない)のが正しい演奏。この日の演奏は歌がきっかけの時もあればギターのカッティング(だいたい犯人はバンマス!)が原因となって、♪ 走る、走る、おれ-た-ち- ♪ 状態になっています。今も常に戒めなければならないバンド演奏の基本中の基本です。走っちゃいかん!誠に遺憾に存じます!



■アラウンズ結成時のメンバー
Vo 尾本:バンマス大和田の高校の同級生、一緒にフォークバンドで演奏、大学時代も同じ寮で生活。
G 拓郎:彼も同じ寮で学生生活。シカゴのコピーバンドで活躍。リードギター不在のアラウンズを救う。
Vo&Key 島田:大和田の勤務先の2年後輩、アラウンズのルーツとなる社内バンドを大和田と結成。
Vo&Key 多恵子:その社内バンドにメンバーの紹介で加入、その後川居、北をアラウンズに勧誘。
B&Vo 川居 :多恵子の紹介で加入。学生時代はロックもやるフォークソングサークルの部長。
Ds 北:川居の大学・サークルの1年後輩。卒業と同時にアラウンズへの加入を川居に指示された。
Vo&G バンマス大和田:高校時代にフォーク、大学時代は寮でバンド生活。会社で前身のバンドを結成。

尾本若い!アイドル系だったんだねえ。当時36歳。この頃からバンド演奏に乗ってお客様がダンスする、
今のフォーマットが確立されていました(当たり前のことですが、なんかうれしいですね)。
尾本の妖しい流し目が魅力的!
今もずーっと一緒のAROUNDS'フレンズのお顔が見えます。
■演奏曲リスト
■選曲裏話
「アンフィシアターの夜」「もう一度」・・・竹内まりやの1984年の名盤「Variety」に収録されている名曲です。みんな竹内まりやが好きでした(今も好きです。まりや話で合宿の深夜の宴会で1時間激論を交わすほどです)。この他にも「マージービートで唄わせて」もバンドでやりましたね。
バンマスは「アンフィシアターの夜」のタイトルを知らず、「今夜はロックンロール」というタイトルだと勝手に思い込んでいました。あまりの収まりのよさに、しばらくみんなもこの勘違いに気づかず、後になって思い込みであることが発覚。バンマスの『似て非なる』発言癖の端緒として今に語り継がれています。
「Here to stay」はスタンダードの名曲「Love is here to stay」とは全く関係なく、多恵子のオリジナル曲です。いい歌です。若い女の子の彼に寄せる想いがしみじみと広がるラブバラードの名曲です。そのうちにまたやりましょう。
「Daydream Believer」はモンキーズのヒット曲。この曲は2013LIVEでもやったのですが、初演が第1回ライブでそれから25年もの間演奏していなかったことを、27年後のいま発見。びっくりしたな。いつ聴いてもいい曲だと思います。こういうのをEvergreenと言うのでしょうね。
「CARAVAN」ベンチャーズ大ヒットしました。拓郎のギターワークが冴え渡ります。2003年以降のライブでは、スペシャルドラマーの稲垣貴庸さん(稲ちゃん)が時々この曲を叩いてくれました。初めてセッションさせていただいたときは、その迫力と超絶ドラミングにただただびっくりでした。
ちょっと画像がぼけてわかりにくいですが、キーボード多恵ちゃんです。
前身のバンドにはリードギターと呼べる人がいませんでした。拓郎が入ってくれてバンドらしくなりました。この頃のギターはGibsonレスポール。
バンマスのギターは拓郎からの借り物のGibsonSG。お世話になりました。

■当時のチケットとポスター
これも尾本の奥様が保管してくれていました。AROUNDSの対バンとしてこのライブで共演した、大和田勤務先の同僚たちで結成したSunbyes(三杯酢のシャレです)のM君が作ってくれました。おしゃれです。ビジュアル・プレゼンテーションはSunbyesがリードしてくれていました。

■SunbyesとM君のこと
M君は、バンマス大和田の会社同期で大の仲良し。1983年にディスコの片隅で二人でぼそぼそ話していました。「踊って楽しむんじゃなくて我々自身がバンドやろうよ。このままサラリーマン人生続けてただのオヤジになるのはいやだ!」と意気投合し、それぞれ社内バンドを結成しました。そのひとつがAROUNDS(その頃はAround 30s・・・名前は今で言うアラサーです。何も考えていないベタな名前です)であり、もうひとつが対バンとなる「Sunbyes」なのです。
二人のディスコでの会話がなければ今のAROUNDSはありませんでした。M君は我々AROUNDSの恩人でした。今も毎年M君を慕う仲間がAROUNDSのライブに20人も来てくれています。天国のM君に感謝しかありません。大和田は45歳で当時の勤務先を退職しましたが、退職後に当時ドイツに駐在していたM君の家に遊びに行き、彼から退職の仕方を教えろとせがまれ指導しました。彼もその1年後に退職しました。運命的なつながりも感じます。
下の写真は前身バンドAROUND30s結成2年後の1985年に、Sunbyesのメンバーの結婚お祝いパーティーで、私とM君がデュエットしたツーショット写真です。まさにアラサーの頃です。

■AROUNDS前身バンドAROUND30sの1985歌舞伎町LIVEの写真が出てきました。
トップページのAROUNDS since1987のところでも書きましたが、83年に結成した当時は社内バンドでしたが、87年の現AROUNDSのメンバーは大和田、島田以外は社外の新メンバー(そのうちの多恵子は前身バンドからのメンバー)で構成され、大変身しておりました。
下の写真はAROUND30sの1985年12月、新宿Carol HouseでのLIVEのときのものです。フロントラインの3人が残り、今のAROUNDSの根っことなりました。

■ライブの進行表
当時の勤務先の社内用紙に手書きです。時代を感じますねえ。島ちゃんが作ってくれたこの資料は拓郎が保管してくれていました。尾本がステージ衣装を手配してくれており、その進行状況のバンマス手書きメモも入っています。